「ほう........桜に見立てるとは、春らしく風情があるな」


薄いピンク色の生魚の切り身が、花びらのように丸く盛りつけられた和皿。その上から切り身を一枚、器用に箸でとり、真田が感嘆したようにそう言った。「フフ.......目にも綺麗だね」わさびを丁寧に醤油でとかしながら、幸村が微笑んだ。つん、とみずみずしい生わさびの香りが鼻をつく。その横で柳が黙ってお吸い物に口をつけ、ぷりっとした蛤の身を見事な箸さばきで殻からはずした。出口に近い座敷に座るわたしからは、3人の背後にのぞく卯月の花々が、鮮やかに咲く日本庭園がみえる。梅、山茶花、蕾みをつけかけた桜..........きれいだった。視線をもどして前をみる。胡座をかいだ真田、やや足をくずした幸村、キッチリ正座の柳。朗らかに談笑に興じている。また視線を室内にもどす。どうみても中学生には場違いな大人っぽい料亭の一室である。ゆっくりお茶を一口飲んで、わたしは思った。

........................この3人、異様にこの場に似合っている。


事の始まりは、こうであった。
こじんまりとした料亭を経営する叔母から、日曜早朝、携帯に連絡があった。何でも花見用懐石の予約が結構な数入っているのだが、そんな日に限っていつも朝に大量に届いた食材を荷下ろししてくれるアルバイトの男衆が風邪で休んでいるらしい。板前さんは料理の下ごしらえで手が回らないし、叔母ひとりではどうにもならず困り果てていたそうだ。叔母には子供がいない。そこで高校入学前、春休みで暇な姪であるわたしにお鉢がまわってきた。「ついでに誰か体力のある男の子知らない?お給料はちょっと無理だけど.......そうね、うーんと豪華な昼食付きでどう?」電話口で叔母にこう言われ「体力のある男の子.....?」と過去中学3年間立海のマネージャーをやって、体力のありまくる男共を見てきたわたしの頭の中に、ピーン!とすぐに8人ほどの顔がちらついた。 美味しいご飯が大好きなブン太に、手始めに連絡したら意外にも留守だった。その次に美味しいご飯が好きそうな赤也に連絡したら、家族で出かける用事があるらしい。最後まで「くっそー豪華和食懐石!先輩、また絶対声かけてくださいね!」と悔しそうにしていた。柳生に電話したら日曜日はゴルフの打ちっぱなしでもう遥か遠い芝生の上にいた。ホールインワンする音越しに紳士的に詫びられた。仁王の携帯は圏外(........これはちょっと予想してた)ジャッカルに電話したら父親のレストランのバイトに借り出され「俺の方が助けが欲しいぐらいだぜ.....!」と逆に泣きつかれた。先ほど留守だったブン太から「すまねえ、日曜は弟達のお守りなんだわ」と返事がきた時は、流石にもう万事休すかと思われた。ハァ..........とわたしは携帯をにぎりしめて天井をあおいだ。残りのメンバーにも連絡したけれど、まだ返事がない。 「........こうなったらわたし一人でも荷下ろし頑張ろう」そう思いかけた時、ぶるると立て続けに着信音が鳴り、あわてて受信欄をのぞきこんだわたしの目に「いいぞ(よ)」と幸村、真田、柳からの救済メールが飛びこんできた時は、思わず安堵で膝から崩れおちた。つい感謝の気持ちでハデな顔文字メール(アリガトウー
☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆ ←こんなの)をうったら真田からは「暗号か?」と返事がきた。幸村と柳には無視された。そんなこんなで、天気のいい晴れた日曜日、料亭の一室でわたしは三強とご飯を食べています。


「本当によく働いてくれたわねー、さぁーどんどん食べてちょうだいね」

給仕にきた叔母が、用意された蟹鍋に火をつける。
幸村が「遠慮なくいただいています」と外ゆき用のあの笑顔で言い、真田と柳が料理の味について賛辞を述べた。叔母が顔をほころばせる。実際、3人の働きはすばらしかった。届いた食材を柳がテキパキと検品し、真田が海老だろうとマグロだろうと鯛だろうと丸ごとかついでトラックから下ろし、幸村がそれらを調理場の適切な場所に運んだ。完璧なチームワークだった。さらっと米俵数個をフツーに持ち上げて運ぶ幸村をみた時は(さすがパワーS......!)と思った。あの細腕のどこにそんな力があるのだろう?柳は柳で、検品が終わったらいつの間にか、ちゃっかり板前さんの横で料理の下ごしらえを手伝っていた。わたしはあんな綺麗な包丁さばきで大根をかつら剥きする男子中学生をみたことはない。真田は運送業者の運ちゃんに「兄ちゃんいい筋肉してんねー、うちんとこに就職せんかね!」と言われてた。多分彼は真田が15才だと知らない。わたしも細々とした調味料を運んだりと、一応手伝ってはいたものの、端からみたらオロオロしているだけに見えたかもしれない。朝から忙しかった叔母にはゆっくりお茶を飲む時間すらでき、働く3人を感心したように見ていた。そんなわけで当初の予定よりも大分早く仕事がおわり、わたしたちは昼食にありついている。


「あと2、3分程で食べごろになるわよ」

叔母が座敷を退場した。
ぐつぐつと蟹が煮え、いい匂いが漂う。それを覗きこみながら「俺、蟹結構好きなんだよね」と幸村がいう。「精市は海鮮物全般を好むな」と柳が相づちをうった。「肉も悪くないけど、やっぱり後味がさっぱりした物が良いんだよね」と返す幸村に、旬菜の筍牛肉巻きに手をのばした真田が「脂身の少ない肉ならクセもなく健康にも良い、精市はもっと肉を食え」とけしかける。見れば真田の膳にある肉系の焼き物はほとんど空になっていた。「ホント真田は肉好きだよね」とわたしが言うと「精がつくからな」とさらっと男らしい返事が返ってきた。逆に幸村の方の膳は、肉はまだのこっていて、刺身や魚の焼き物はきれいに片付けられていた。なんという対照的な2人の食べ方。その横で柳は一人涼しい顔で均等に料理を平らげている(やはり参謀は通常運転だった)わたしはわたしでみんながメインに集中している間、デザートの甘い餡蜜かけの白玉にそわそわとしていた。はやく食べたい。それぞれが食べ方に微妙に個性をだす食事風景であった。「皆、もうすぐ蟹が茹で上がる」火加減をみていた柳が言った。ぷくり、と鍋の中で蟹が泡立つ、ただよう鍋物の平和な匂い。柳が手ふき用の懐紙を配る。

さーて、食べるぞ!と身をのり出して4人で一つの鍋を囲んだ。


(.............あれ?なんか今ちょっと家族みたいだな)


わたしは思った。
チラッと顔を上げると丁寧に「いただきます」のポーズをする3人が見えた(行儀いいな)まあ、わたしは兎も角。そろって目の前で手を合わせる三強は何処となく似ていて、当たり前だが「苦楽を共にした盟友」といった風情だ。そしてあと数週間で、そんな3人がそろって一緒に立海大付属の高等部へと上がる事が、なんだかとても自然で素敵なことのように思えた。

素直にそれを言ったら、幸村が不思議そうな顔をした。

「何言ってるんだい、も一緒に行くんだろ?」

「いや、それはそうだけど」

「頼むよ、高校でも期待してるんだから」

「え、何それ?もしかしてまたわたしにテニス部のマネージャーやれってこと?」

「そのつもりだけど」

「聞いてない聞いてない、わたし高校は青春を謳歌するって決めてるから」

「中学では出来なかったのかい?」

「.......三年間全国区の強豪テニス部のマネージャーやってたんですよ?......部長察して下さい」

「俺たち、テニス部に青春を捧げてくれていたわけか」

柳が先に察してくれた。
さすが参謀、わかってくれてる!そのまま柳は「そういえば、はよく部活中に「休みがほしい......!彼氏が欲しい......!」と独り言をつぶやいていたな」とポツリと言った。さすが参謀、よく覚えている!でもソレ完全に余計な記憶です。気をとりなおしてわたしは言った。

「だから高校では普通に友達と放課後遊んだり、彼氏つくってデートしたりしたいんだよ」

そこでピクッと、わずかに幸村が眉根を寄せた。

「彼氏ねえ.......例えば?」

「例えば.....買い物行ったり、今日みたいにレストランで食事したり
なんかそういうフツーなことだよ」

カチャリ、と箸をおいて幸村は「は贅沢だなー」と溜息をついた。むっとして私は「何で?」と返す。うっすら幸村は笑ってる。なんだそれ、わたしにはそんな夢無謀だっての?不機嫌になったわたしの顔色を無視して、呆れながら幸村は「してるじゃないか?」と言った。

「たった今、こんな良い男三人もはべらせてさ」

「!?」

頬杖をついてしなだれるように幸村がコチラを見つめる。
何その、やらしい目線。おもむろに幸村が、チラリと柳をみる。

「俺たちだけじゃ不満だって、蓮二」

「ほう.....それは聞き捨てならんな」

柳も手元の箸をゆっくり置いて身をのりだした。

「俺が今日、誰の為にわざわざ早起きしたと思ってるんだ?」

「.......柳っ!?」

あなたの早起きはいつものことっ.....!と思っても、柳はさも「傷心」という風情で、健気にコチラを見てくる。ダメだ、この参謀、完全に悪ノリしてる。

「うん、確かに助けに来てくれたのはすっごくありがたいし嬉しかったよ。叔母さんも喜んでて.......でもさ、みんなご飯好きだし......」

「好きだし?」

「それを目的にして、来てくれたのもあるんじゃないかなー......て?へへ」

はひどいな。今日あんなに俺たちがには重たい物を持たせないよう頑張ったのにね。俺たちの本音をわかってくれてないよ、蓮二」

「まるで弄ばれている気分だな、精市」

「ちょっ.......2人ともっ!」

完全に悪ふざけし始めた幸村と柳。

「.........さ、真田!」

こういう時、よくも悪くも健全な意見で空気を撃砕してくれる頼もしき真田に泣きつこうとした。わたしの必死の視線を受けて、懐紙で口を拭いつつ、真田は「いかんな」とたしなめるように声をはりあげた。そうだよ!副部長、助けて!

「ただ飯目的とは心外だぞ、?お前のご親族の危機とはひいてはお前の危機だ。その力添えになれると言うのなら、この真田弦一郎どこへでも駆けつけようぞ!」

ダメだ!この人が一番直球だった!!


苦し紛れにわたしは言う。

「で、でもさ今日はちがうじゃん?ご飯は一緒に食べてるけどデートじゃないじゃん?」

なんだ、そんな事かという風に幸村は笑った。

「今からデートにしても良いよ」

「え.........?」

満面の笑みで幸村が言う。

「食事を終えたら後の2人には帰ってもらっても良いし、そうだなー.......」

くるっと幸村は両側の2人を見回してから聞いてきた。

は誰が良い?」


あまりものストレートな質問にわたしは固まる。
目の前には、右端から柳、真ん中に幸村、左端に真田。
全員コチラを見つめている。
なにこの図。


柳は冷静な顔だ。
でもわたしが彼に視線を向けると、うすく笑った。
え?選べって?

幸村は少し首をかしげて見つめてくる。
目が合うとまるで可愛いらしいものを見るように、くすっと笑う。
正直、ドキッとした。
(.........でもなんで「俺を選ばないはずないよね?」て風にみえるんだろう)

真田はいかにも「たるんどる!」という感じで口を真一文字に結んでいる。だが幸村と柳の態度をみてか、ハァと観念したように一つ溜息をつき、かかってこいといわんばかりに腕を組んだ。何にしても後の二人に勝負事で負けるつもりはないようだ。

「えーと.........」

しーんとした空気が座を包む。
ぽこぽこと無駄に蟹が煮える音だけがする。
哀れなり、蟹。どうやらわたしが選ぶまで、誰も鍋に手をつける気配はなさそうだ。


「さあ、.........選んで?」


誘うように幸村が言う。
その声は甘いのに、容赦がない。

「わたしは.........」

あーーーーもう、どうにでもなれ!という勢いでわたしは目をつぶった。最初に目をあけて目があった相手を選ぼうと思った。たぶん、最初に自然に目がいった相手がこの三年間、本当に心の底で気にして、見守って来た人だと願った。

すぅ、と一回深呼吸。
そうしてわたしはゆっくりと目を開けた。
最初に目があった相手、それは.........




ガラッ

「みんなー?お茶足りてるー?」


叔 母 さ ん だ っ た よ


突如乱入してきた叔母の声で、場の緊張した空気は一瞬で壊れた。
「あらあら、蟹煮えすぎてるわよー?あ、もしかして蟹はお嫌い?」残念そうに言う叔母に恐縮し、みんな箸に手をつける。「いえいえ、大好物ですよ。すみません、すっかり姪御さんとのお話に夢中になっていたもので」ニッコリと幸村が詫びた。「そうだな、頂こうか」何事もなかったかのように柳が言う。「うむ」とやっぱり居心地が悪かったであろう真田が、ホッと肩の力をぬいた。

「叔母さん、お茶、わたしも持ってくるの手伝うよ!」

「あら、そう?急須だけだけど.......」

「4人分は重たいでしょ?わたしやるよ!」

なんとかさっきの「三強の中から1人だけ選べゲーム(強制)」の空気から抜け出して、一息つきたかったわたしは慌てて座敷を立つ。

、蟹食べないのかい?」

「いい!みんなにあげる」

座敷を出たら、途端にへなへなと体の力が抜けた。
やっぱりあの迫力ある3人にせまられるのは、メチャクチャ心臓に悪い。(ほんとに幸村も何で急にあんなコト言い出して.....)とブツブツ思っていたわたしに、前を歩いていた叔母がくるりと振りかえって真顔で言った。

「で、誰なの?」


聞いてたんかい!叔母さん!


「誰にも言わないから、あたしにだけはコッソリ教えなさいよ」

片目をつぶって叔母が笑う。興味津々だ。そういえばこの人、若者の色恋沙汰に目がない人だった(まさかさっきの乱入は.......)

「やめてよ、ホントそんなんじゃないってば」

「そーね。私が見た限りあの幸村くんて子は大物の器よね。捕まえといても絶対損にならないわよ?それになんかアンタにご執心ぽいじゃない?」

「ちょっ.......」

「柳くん、あの子は一見冷静沈着そうだけど、好きなものには手段を選ばない感じがするわ。あーいう男の子に狙われたら最後ね」

「なっ.......」

「それに真田くん。何が起きても一番に守ってくれそうな子じゃない?いいわよーあんな今時めずらしい昔気質の男に大事にされるのって」

「だからっ.......」

さすが叔母。客商売を長年やってきただけはある。
一瞬で、3人の気質を見抜いた。

「ま、何にしろ今日は本当に助かったわよ。我が姪の為に電話一発で男の子が3人も駆けつけて来てくれるなんて叔母として鼻が高いわ。モテモテね!」

ポンッ!とわたしの肩を叩いて「うまーくやりなさいよ?」と言って、わたしの手に4人分のお茶入りの急須を持たせて、叔母はさっさと去っていった。

呆然と渡された急須を手に、そのまま廊下を歩き座敷に戻る。
なんだかさっきよりも、ドッと疲れた.........


「お茶もってきたよー」

襖をあけ、トンッと急須を机に置いた。
そこでわたしは「ん?」と自分の膳が立ち去る前とは微妙にちがうことに気づいた。
あれ?なんか白玉ふえてる?


「好きだろ?

怪訝な顔をしてるわたしに幸村が言った。

「え、くれたの?」

「お前がそわそわとデザートに目線をやっていたのはとうに知っていた」

思い出したのか、柳が可笑しそうに言う。

「でも、コレ四人分あるよ?全部?」

「俺はかまわん。好きならお前が食べれば良い、遠慮はするな」

まるでお父さんのように真田が言う。

「さっきのお詫びだよ。驚かせてすまなかったね」

ほら、食べて?と幸村が器をわたしの方によせた。

「.........ありがとう、みんな」

そろそろとスプーンを掴んだ。こんもりとパフェのようになった餡蜜かけの白玉。
丸い白玉を蜜にからめて掬い、口に入れれば、何ともいえない甘さが舌にひろがった。

「美味しい」

自然とパッと笑顔になった。
微笑ましそうに三人がそれを見つめる。
何だか照れくさいな。幸村、柳、真田、眼差しが優しい。
みんな、やっぱりいい人たちだな。

先ほど、廊下を歩いている時に思ったコトが頭に浮かんだ。
パクパク白玉を食べながら言った。

「大体さ、3人から誰か一人を選べって、贅沢すぎて無理だよ」

三人がきょとんとした顔をした。
すぐに幸村が大笑いし、仕様がないなという風に隣の二人と目配せした。
そうして、秘密を分かちあうように囁いた。

「まあ.......もうしばらくは3人でのお守りかな?」


ポンッと庭の鹿威しが鳴り、終幕を告げる。
三強に見守られて食べるデザートは格別の美味しさでした。



***



*
さんがお茶をとりに行った後の座敷にて
*


「精市、少しイジメすぎじゃないか?」

「だってが高校じゃもうマネージャーはやらないなんてつれない事言うから。
蓮二だって残念そうな顔してさ」

「精市と蓮二は、本当にを気に入ってるな」

「そういう弦一郎こそ、が「彼氏がほしい」て言い出した時焦ったクセに」

「そうだな、俺も見逃さなかったぞ」

「なっ.........俺はっ!」

「ハイハイ」


一分後。


「大体、今日は俺一人でも余裕だったはずなんだけどな」

「奇遇だな精市、その台詞は丁度俺が言おうとしていた所だ」

「(俺は朝から思っていた)」


二分後。


「ハア、何時までこうして3人で牽制しあうんだろうねー」

「フッ........」

「むう........」


三分後。


「あれ?蓮二、器をよせて何やってるんだい?」

「いや、食事中がデザートをずっと見ていたものでな。俺の分もやろうかと」

「あ!ずるいよ、一人だけ良い格好しようとして」

「そうだったのか。ふ....甘い物が好きとはもまだまだ子供だな。
蓮二、俺のもやってくれ」

「弦一郎も!」

「精市、参加するなら今だぞ?」

「.........っ、わかったよ、俺のもどうぞ」

「....................」

「....................」

「..........なんか....すごい形になったね、パフェのお化け?」

「嫌がらせだと思われる確率.......」

「言うな、蓮二」



「ハア......早く帰ってこないかなー」

「そうだな」

「うむ」





120330 リアルにモテモテだったようです。